《プラド美術館展》で見たスペイン=ルネサンスの聖俗について

15世紀から17世紀にかけての時期を大航海時代と呼ぶことがある。この時期にヨーロッパ人は新たな富を求めてアジア各地やアメリカ大陸に進出し、人間の住み得るあらゆる海岸地域において貿易の前線基地を築き上げた。近代的な意味でのグローバル化は、遠く500年前のこの時代から徐々に動き出した。東西ローマ帝国分裂以降の長きにわたる混乱期を終え、やがて世界を有限の存在に堕とすことになるこの大冒険の口火を切ったのがスペインである。

二百メートルもの距離から大砲を発射して敵船を破壊することのできる戦艦に乗り込んだスペイン人に、当時の諸文明が対抗する手段はほとんどなかった。異教徒に神の洗礼をもたらさんがために「征服者」たちはアメリカ大陸を切り開き、結果として膨大な銀と労働力をもたらした。また、アジア各国から運ばれてくる香辛料は種類によっては購入価格の400倍以上の利益率で取引され、スペインははヨーロッパ世界の経済の中心に躍り出る。「太陽の沈まぬ国」の名に何一つ恥じることなき栄華がそこにあった。

しかし、イベリア半島に富をもたらした冒険者たちの勇気と宗教的熱狂はわずか200年にも満たない間にイギリスの蒸気機関に席を奪われ、その役目を終えることになる。歴史から見れば短すぎる、しかし極めて重要な、スペインの「黄金時代」において、芸術家たちは何を描いたのだろうか。

ルネサンス期スペイン絵画の「聖」と「俗」

17世紀のスペインでは、「芸術」そのものを表す作品が数多く制作された。その背景には、芸術活動に対する意識の高まりや、芸術が学問の俎上に載せられるようになったことが挙げられる。当時のスペインではイタリア半島のように芸術家という職業が浸透しておらず、画家はレンガ職人や家具職人など手工業者と同列のものとみなされていた。そこで、当時の画家たちにとって、芸術そのものの社会的地位の向上が大きなテーマとなったのである。

『フアン・マルティネス・モンタニェースの肖像』ディエゴ・ベラスケス,1635年頃

『触覚』ジュゼペ・デ・リペーラ,1632年

この二点の絵画は芸術家の「想像する力」を強調した作品である。『フアン・マルティネス・モンタニェースの肖像』では、フェリペ4世の彫刻を制作する17世紀スペインを代表する彫刻家モンタニェースが描かれている。宮廷風の衣装を身にまとった壮年の芸術家が手を休める姿からは、威厳をまとった沈黙が感じられる。芸術家たちの制作風景や、『触覚』で描かれる盲目の老人が触れることによって想像力を発揮するシーンからは、ルネサンス的な人間存在への着目という主題も見ることができるだろう。

『無原罪の聖母を描く父なる神』ホセ・ガルシア・イダルゴ,1690年頃

『聖顔』エル・グレコ,1586-95年

より直接的な芸術の権威付けの方策として、「画家としての神」というメタファーが用いられた。『無原罪の聖母を描く父なる神』では、父なる神がプットーに支えられたキャンバスに聖母マリアを描いており、右下では天使ミカエルが槍を構えてサタンを押さえつけている。この絵では画家による絵画の制作と神による創造のアナロジーが極めて直接的に表現されている。『聖顔』は、ゴルゴダの丘を十字架を担いで登るイエスを哀れんだ聖ヴェロニカが額の汗をぬぐうようにとヴェールを差し出し、拭われたヴェールにはイエスの顔が鮮明に映し出されていたというエピソードが元になっている。聖ヴェロニカのエピソードから、聖顔布と呼ばれるキリストの顔が描かれた布のモチーフは、視覚的イメージの制作が聖的な行為であることの根拠づけとして使われた。聖的な行為としての芸術の権威付けは、ローマ=カトリックによる対抗宗教改革と結びつくことになる。

また、祈りの対象としての創作物にある種の「力」が備わり、魔術的な機能を持つモノへ変容するというテーマも取り上げられた。

『偶像を破壊する聖ベネディクトゥス』フアン・アンドレス・リシ,1662年以前

『聖ベルナルドゥスと聖母』アロンソ・カーノ,1657-60年

『偶像を破壊する聖ベネディクトゥス』では、十字架と聖母子像をまるで武器であるかのように携えた聖ベネディクトゥスが、中に悪魔が潜んでいた異教の神アポロの像を破壊している。『聖ベルナルドゥスと聖母』では、聖母子像が聖人の祈りによって生を受け、神の叡智のメタファーである母乳を与えている。

芸術作品あるいは芸術家を聖的なものとみなすことによる権威付けは、偶像の崇拝を肯定したローマ=カトリック教会による対抗宗教改革と結びつくことで大きな成果を上げたであろうことは容易に想像できる。当時の画家たちは芸術に神を見出し、またその創作者として自身の権威付けを行っていたのである。


「聖なる芸術」がもてはやされるその一方で、極めて世俗的な「ボデゴン」絵画がスペインに生まれたのもまた同じ時期だ。ボデゴンとは、飲食や調理など人々の日常風景を静物と人物の組み合わせによって表現する静物画の一種である。スペイン写実主義のパイオニアであったコターンによって生み出され、ベラスケスによって確立したとされる。

『花弁』ヤン・ブリューゲル(父),1615年

『卓上の二つの果物皿』トマス・イエペス,1642年

静物画自体が17世紀の初めに開拓された新ジャンルであり、宗教画に否定的であったドイツなどのプロテスタント諸国で主流になった。『花弁』は、「花のブリューゲル」と呼ばれたベルギーの画家ヤン・ブリューゲル(父)の作品である。『卓上の二つの果物皿』では、極めて精密な構図設計が見て取れる。そして、このような静物画がスペインにおいて独自の発展を遂げたのがボデゴンだ。

『鳥売りの女』アレハンドロ・デ・ロアルテ,1626年

『卵を料理する老婆と少年』ディエゴ・ベラスケス,1618年

『マルタとマリア宅のキリスト』ディエゴ・ベラスケス,1618年

『鳥売りの女』の中心に描かれているのは人物であるが、その主題は明らかに上部の鳥の絵だろう。残念ながら今回の企画展では展示されていないが、『卵を料理する老婆と少年』や『マルタとマリア宅のキリスト』はベラスケスによるボデゴン画である。ベラスケスは宮廷での仕事を得る以前はこうしたボデゴン画を多数制作しており、スペインにおけるボデゴン芸術の第一人者と言える。

卑俗な日常風景を主題としたボデゴン画は、聖書や神話といった聖的な場面こそが芸術作品が捉えるべきものであると考えていた伝統的な価値観の持ち主からは批判された。このような「聖」と「俗」の対立は、世界史における大転換点である16世紀から17世紀半ばにかけて見られる多くの潮流のうちの一つである。この時代の経済的な主役であったスペインでは、特に聖俗の思想的な対立が顕著だったのではないだろうか。

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