『ゴールド・コーストとスラム』ゾーボー,1929 ― 大都市ではなぜコミュニティは崩壊するのか

本書は、1920年代のシカゴを研究対象としたエスノグラフィーだ。シカゴと言っても、舞台はニア・ノース・サイドと呼ばれるエリアであり、その範囲は奥行き約2.5キロ、幅約1.5キロほどしかない。このエリアの当時の人口は約9万人ほどである。

なぜ筆者がこのエリアに注目したのか。それは、ニア・ノース・サイドが、当時のシカゴの様相を最もよく示している地域であったからだ。1840年には人口4500人ほどの田舎まちにすぎなかったシカゴは、フロンティア時代を通して1920年代には270万人をこす大都市に成長した。しかし、急速な発展は、暴動やストライキ、犯罪や移民など様々な都市問題をもたらした。

ニア・ノース・サイドは、都市の発展と問題を端的に表象している。そこは、「まばゆいばかりの光と影の地域、つまり古いものと新しいもの、土着の人と外国人というだけでなく、富裕と貧困、悪と尊敬、因習的なものとボヘミア的なもの、浪費と困苦というあざやかな対照からなる地域」である。この小さなエリアには、29か国以上の国籍を持つ人々が住んでおり、また人々の階級もバラバラだ。その様相はまさに「文化のモザイク世界」なのである。

新興大都市シカゴ、ひいては「人種のるつぼ」と呼ばれた発展期アメリカの典型としてみることのできるニア・ノース・サイドであるが、筆者のゾーボーはこの地域を「コミュニティの崩壊」という側面から記述する。

「ニア・ノース・サイドは、チャトフィールド・テイラーもいうように、大都市シカゴの代表的な一面を呈している場所である。とはいえ、活気にあふれ、見慣れない人々でにぎわい、異国風の言葉がこだまし、工業や商業の喧噪に満ちたニア・ノース・サイドの通りの数々は、都市シカゴの伸展からくる魅力とロマンスとで満たされている。とはいえ、この魅力とロマンスは数々の社会的距離のなかに存在する。その社会的距離は、この都市を、ジャーナリストや芸術家や冒険家たちの興味をそそる、数々の小さな文化的世界のモザイクにする一方で、それら小さな諸世界が互いを理解し合うことを不可能にしている。そのため、この都市の人々の生活は孤立化したものとなってしまっている。」

ゾーボー 『ゴールド・コーストとスラム』

ゴールド・コースト、下宿屋街、タワータウン、暗黒街、スラム、リトル・ヘルなど様々な地域について記述されているが、今回は特に対照的な2つの地域であるゴールド・コーストとスラムについて取り上げて本書を紹介しよう。

ゴールド・コースト

ゴールド・コーストとは、その名から単純に予想される通り、「成功した」者たちの住む地区である。シカゴの富がもっとも集中しており、事業家として、科学者として、芸術家として名声を勝ちとった者たちが居住している。そして、そこはシカゴのリーダーがその地位を競う「社交」の世界である。日々彼らは「排他的な」この上流世界の特権を守るために汲々としている。

「この世界においては、彼らは万華鏡のような活動に満ちた生活を送っている。そうした生活は、ブリッジの場や夕食会はいうまでもなく、レイク・ショア・ドライブ沿いの高級ホテルや高級リゾート地や「お気に入りの慈善事業」やゴルフクラブや乗馬道などをその主立った舞台として営まれている。」

ゾーボー 『ゴールド・コーストとスラム』

ゴールド・コーストの背景には、共通の経験と伝統が存在している。この地区に住む成功者たちは、もちろん例外はあるものの、ある一定の地区に集中して居住し、ある一定の水準以上の大学を出ており、ある一定のクラブに所属し、ある一定の政治的見解を持っている。また、彼らはゴールド・コーストの「社交界」のメンバーであるために、「社交儀礼」に従って生活している。社会的階級・居住地域・態度や慣習がある程度同質的な彼らはある種の共通体を構成しているとは言える。

さて、このように特徴づけられるゴールド・コーストは一見コミュニティであるかに見える。しかし、この地域にコミュニティは存在しない。なぜなら、ゴールド・コーストでの生活は人々に威信を獲得するための手段として利用されているだけだからである。そこにあるのは自らの欲望に基づいた個人主義であり、そもそも住人自身がその集団をコミュニティとは考えていない。「社交界」に見られるのは共同体というよりもむき出しのカースト制度であり、限りなくコミュニティに近いものではあるが、ゴールド・コースト内部においてコミュニティは存在しないのである。

スラム

ゴールド・コースト地区にある、ディヴィジョン・ストリートとレイク・ショア・ドライブの交差点にある高層アパートの家賃は1カ月1000ドルである。そこからわずか1.5キロ西には、移民家族がごみごみした地下室に一カ月6ドルで住んでいる。ゴールド・コーストの裏口は、まばゆいばかりの富とは対照的な貧困の世界である。

「貧困は極限に達している。多くの家族は、家賃が月10ドル以下の、一部屋か二部屋の地下室に住んでおり、これらの部屋はストーブ暖房である。通りでは、束になった薪と小袋に入った石炭が売られている。裏手が河に面している家の大部分は木造であり、しかもかなりの家の窓が壊れている。煙、ガス工場からの悪臭、汚い裏通りのすえた匂いがあたり一面に漂っている。部屋も敷地も過密状態である。」

ゾーボー 『ゴールド・コーストとスラム』

スラム地区に共同体が生じる可能性は存在しない。そこは、不安定で無秩序な世界である。住人の大部分は移民労働者か、売春婦か、犯罪者か、無法者か、浮浪者か、いずれにせよ経済的失敗者である。安価な賃料にも関わらず家賃の滞納は日常的であり、人々は一つの場所に留まることはない。

ある意味で、そこは世界で最もコスモポリタンな地域でもある。外国人コロニー、都市文化、農村文化、異国文化、多様な言語と宗教、これらが相互に浸透しあっている。しかし、そこに人々の相互協力が生まれる余地はない。スラムに住んでいる人々は様々な事情から流れついただけの浮浪者であり、人がコミュニティを築くための基盤は存在しない。結果として、スラムの人々は、自分の問題にひとりで対処することを迫られている。そして、スラムにまとわりつく諸問題はその大部分がひとりではは解決できない類のものであり、貧困は慢性化するのである。

なぜ大都市においてコミュニティは崩壊するのか

大都市においては、対極的な地域が地理的にごく近い場所に存在している。空間的に近い位置に存在しているにも関わらず、それぞれの地域は別の世界を形成しており、社会的に接することはない。つまり、そこには大きな社会的距離が存在するのである。こうしたことは、シカゴに限らず、そして現在でも、多くの大都市において存在するのではないだろうか。また、先に見た通り、それぞれ同質的とみられる地域においても、その内部にコミュニティが生じることは非常に稀である。しかし、こうしたことはなぜ起こるのだろうか。

これについて、ゾーボーは3つの要因を挙げている。①都市の進展、②都市の経済的分化、③都市の移動性である。都市の進展とは、経済規模が大きくなるにつれて起こる都市の拡大のことである。都市の経済規模が変化するにつれ、例えばベッドタウンの位置や公的施設の位置は変わることになるだろう。様々な施設や居住地域が都市の経済規模に合わせて変化していくため、人々はある地域で継続的なコミュニティを形成することが困難な状況にある。

経済規模の拡大は、近代では職業の専門分化と共に起こる。都市においては、まずそれは地理的に明らかだ。大都市において、オフィス街、商業地区、工場地帯、ベッドタウン、などの施設がその機能ごとに特定の地域に集中している現象を見ることができるが、これは職業の分化の結果である。このことは、もちろん地理的だけではなく人々の感情や関心にもよくあらわれる。微細な専門家は、人々から共通な活動や経験を地理的・精神的に取り除くのである。

大都市では、経済活動を支えるための交通インフラが微細に張り巡らされている。効率的に人を輸送することに特化して設計された道路と鉄道によって都市に住む人々は異常なほどの物理的移動性を手に入れた。しかしその一方で、高すぎる移動性は物理的環境に根ざしたコミュニティの発展を阻害する。人々は都市空間を自分自身の関心に基づき分散するため、持続的なコミュニティが形成されず、組織的原理が崩壊していくのである。

以上述べられたような大都市におけるコミュニティの崩壊の要因は、現在においても当てはまる点が少なくない。むしろ、テクノロジーの進歩はこのようなコミュニティの崩壊過程をますます助長するものではないだろうか。本書は最も古典的な都市エスノグラフィーであるが、提示された問題は現在でも健在であるように思える。

参考文献)

ハーベイ・W・ゾーボー (1997) 『ゴールド・コーストとスラム』 吉原直樹,桑原司,奥田憲昭,高橋早苗訳,ハーベスト社

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